フードコーディネーター取材特派員NEWS

気仙沼は元気だよ!気仙沼さかなの駅の挑戦

東北

2013年4月1日

甚大な津波被害を受けた被災地、宮城県気仙沼市。施設内には今日も港町らしく活気あふれる売り声が響く。 気仙沼市田中前にある商業施設「気仙沼さかなの駅」は2011年12月10日にオープンした。 施設には「㈱カネマ」、「㈲サイシン」、「㈲気仙沼生鮮館やまひろ」、 「㈲かねなか商店」、「㈲平塚商店」、「宮川商店」、「㈱気仙沼行場商店」、 「お魚のかわかみ」、「デイリーフーズ鵬城」の9店舗が入居している。2011年3月11日14時46分。 東日本をおそった未曾有の大震災による大津波は容赦なくこの9店舗が入居していた施設を襲った。

 

「気仙沼さかなの駅」は中小機構から支援を受けた仮設商店街としての営業形態ではない。 震災前、この9店舗は「気仙沼水産物流通センター」で営業していた。全てを津波で流された後、 各店舗はそれぞれに仮設店舗での営業を再開したが、かつての気仙沼市の台所を支えていた活気を生み出せずに苦しんでいた。そんな中、株式会社「カメイ」が気仙沼食料流通センターの施設の提供を申しでた。9店舗はそれぞれに資金を自力で工面し「気仙沼さかなの駅株式会社」を設立。 震災から9か月足らずというわずかな時間で、“自力再建”という厳しい道を自ら選び復興への挑戦を始めた。

  「みんなで自立、ともに前進!」と、気仙沼さかなの駅社長、小野寺勉さんは開店セレモニーで宣言した。 「行政からの支援をただ待っているだけでは、なにも始まらないしそれが本当の地域の復興とは呼べないのです。自分がこの施設がオープンする時に“辛い過去から明るい未来へ!”1人、1人の自立が1日も早い復興へと繋がると信じて、被災地は日々前進しようと被災した気仙沼の人達に呼びかけたんです。」

気仙沼さかなの駅ゼネラルマネージャーを務める多田賢さんは震災後、小野寺さんの呼びかけに応え、北東北エリア最大手の大型店舗から さかなの駅へと転職してきた。現在は流通業や施設運営のノウハウを惜しみなく注ぎ、自力再建を目指す9社を影で日々支えている。 「つらい被災から明るい未来へ乗り換えようという意味で社長は『駅』と名付けたそうです。」

 気仙沼さかなの駅のユニークな点は「一般社団法人ボランティアステーションin気仙沼」が併設されている事だ。ボランティアステーションは気仙沼市に寄与する活動、目に見える活動を主旨として、気仙沼の復興に貢献する事業をサポートしている。ボランティアステーションの副代表を務める高砂春美さんは、兵庫県災害救援専門ボランティアとして気仙沼市に派遣されている。高砂さん自身も阪神淡路大震災で被災。自身の経験を元に、気仙沼さかなの駅のサポートだけではなく、市内の仮設住宅へと趣き、これから始まるまちづくりへのアドバイスや行政間との橋渡し役なども受け持つ。「神戸の復興も全てが成功だったわけではない。我々と同じ間違いを繰り返してはいけない。まちづくりの主体になるのは間違いなく地元の人々。だが支援を待っているだけでは何も進まないのが現実なのです。」

様々な人々との繋がりで誕生した気仙沼さかなの駅。毎回、会議の場では積極的な意見が飛び交う。会議に参加するメンバーは誰もが真剣だ。自らの店舗の再起はもちろん、今後の気仙沼市のまちづくりに関してまで、この地域から食材を通して、震災からの教訓をどの様に発信できるかまでを議論している。メディアは毎年3月11日を過ぎると被災地の報道を忘れていってしまう。しかしまだ問題は何も解決はされていないし、放射能汚染問題をはじめとし有形無形に現実問題として今を生きる私たちに突き付けられている。このレポートの最後は気仙沼さかなの駅ゼネラルマネージャー、多田さんの言葉で締めくくりたい。「自分のこれまでの経験を通じて気仙沼の人たちや皆さんに美味しい食を全国の皆さんに提案したい。是非多くの方に気仙沼市に来て頂きたいですね。気仙沼の元気はさかなから!気仙沼は元気だよ!」被災地は2年目から3年目に向けて動き続けている。