フードコーディネーター取材特派員NEWS

岩手県二戸市浄法寺塗

東北

2014年12月17日

 クリスマスを過ぎますと、そろそろお節料理用の重箱や雑煮椀を取り出す家庭も多いでしょう。漆器はハレの日やお客様用の特別な食器として普段は棚の奥に仕舞い込まれがちです。取り扱いが面倒だとか傷つきやすいからと普段使いには敬遠されているふしがあります。しかし、美しく丈夫で使い込むほどに艶やかに味わいが増す、という漆器があります。「浄法寺(じょうぼうじ)塗」です。浄法寺とはお寺の名前ではなく岩手県二戸市浄法寺地区の地名です。浄法寺塗はこの地方で作られている、お椀や片口、ぐい飲み、皿などの日常から使われることを目指した漆器です。地元産の良質な漆にこだわり「漆掻き職人」「塗師(ぬし)」がその技と伝統を守り続けています。

 





<歴史>
 浄法寺塗は千年以上の歴史を持つと言われています。奈良時代に、地元の人々が「御山(おやま)」と呼び親しむ天台寺の僧侶が使っていた器が始まりで「御山御器(おやまごき)」として庶民にも広まり、農作業の合間の食事にも携帯しやすい「入れ子」の椀物などが日常生活で使われていました。しかし、生活の変化や合成樹脂の普及、輸入漆の台頭などにより急速に廃れてしまいました。これに危機感を持った岩手県工業試験場は、昭和50年代の初めから漆掻き職人、塗師と協力し、浄法寺塗を復活させたのです。現代浄法寺塗のコンセプトは、地元で採れる良質の漆を使い、現代の生活に合うモダンでシンプルなデザインで、しかも幾重にも下塗りを重ねて作る丈夫で長持ちのする普段使いの漆器です。長年の努力が実を結び昭和60年に国の伝統的工芸品の指定を受けました。そして、平成7年には天台寺の麓に浄法寺漆器展示販売施設「滴生舎(てきせいしゃ)」が建てられ、今日に至るまで浄法寺塗の販売促進の中心的役割を担っています。
  

<作業工程>
 では実際に浄法寺塗はどのように作られるのでしょうか。まず、塗師の仕事は「木固め」から始まります。紙やすりで磨いた木地に漆をたっぷりと浸み込ませ、伸縮を防ぎ防水性を高めるのです。次に、薄く均等に漆を塗り「風呂」と呼ばれる湿度の高い場所に一晩以上おいて固化させます。「風呂」の温度は20度前後、湿度は80%ほどです。漆は乾燥させるのではなく、漆に含まれるラッカーゼなどの成分が酵素の働きで空気中の水分と化学変化を起こすことによって固まるのです。堅牢になった漆は、お湯はもちろんアルコール類、酸やアルカリにも抵抗性を持つようになります。抗菌性もあり、食品を長持ちさせるともいわれます。「風呂」から出した漆器には砥石とサンドペーパーで磨きをかけ、表面に細かい傷をつけます。表面積を大きくして、次に塗る漆との密着性を高めるのです。浄法寺塗は塗りと研磨を7回から8回繰り返す「塗り重ね」です。最後は最上質の漆で上塗りを行い、その後は磨きません。マットな、光沢を抑えた仕上がりです。「塗師の仕事は七割までで後は使う人が完成させる」と言います。使って洗って布巾で拭くことが磨くことになるのです。使えば使うほど艶が出て輝きが増します。
  

<扱い方>
 丈夫とはいえ浄法寺漆器の扱いには注意点があります。傷がつくのを避けるためには陶磁器や金属食器などと一緒に洗わないこと。木地は漆を通して呼吸をしているので長時間水に浸しておかないこと。紫外線に弱く劣化や変色の恐れがあるため長時間日光にさらさないこと。食器洗浄機や電子レンジは使えません。一方で、油汚れは食器用洗剤や柔らかいスポンジを使って洗えます。素地に木地を使っているため熱伝導率が低いので熱いものを入れても器が熱くなりません。保温性保冷性に優れているので冷たいものを盛り付ける時にはあらかじめ冷蔵庫で冷やしておくこともできます。また、漆器は壊れにくく軽いので積み重ねて収納できますし、長年の使用で傷ができたり欠けたりしても修理が利きます。

<貴重な存在>
 浄法寺塗の魅力をお伝えするために欠かせないのが漆液とそれを採取する漆掻き職人の存在です。  
 現在日本で使われている漆の約98%は中国を始めとする他国からの輸入によるものです。そして、全体のわずか2%の国産漆のうちの約7割が浄法寺地区で採取されます。国内最大にして最良の品質を誇る漆の産地です。国産の漆は外国産に比べ伸びが良く薄く塗ることができ、硬化後の硬度が高いと言われています。岩手県工業技術センターの測定によると、浄法寺漆は輸入品の約6倍硬いという数値が出ています。つまり、薄く塗られることで短時間で硬くなり、傷がつきにくく、むしろ洗って布巾で拭くことを繰り返すうちに磨きがかかり艶が出るのです。二戸市では「浄法寺漆認証委員会」を設置し、有識者による審査と認証ラベルの発行で浄法寺漆の産地保証をしています。その品質への信頼が故に浄法寺漆は、京都金閣寺、平泉中尊寺金色堂など国の重要文化財建造物の修理修復、保護保存に使われてきました。平成36年まで続くという世界遺産日光東照宮・二社一寺の「平成の大修理」にも使われています。
 そして、漆掻き職人の地道な努力も浄法寺塗を支えています。浄法寺地区にはおよそ20ヘクタールに約20万本の漆の木が植栽されおり、漆の採取(漆掻き)ができるのは樹齢15年から20年ほどに育った木です。毎年6月から10月が採取期です。現在25人の漆掻き職人が、ひと夏に一人400本ほどを受け持ち、一日100本ずつ順繰りに漆掻きをします。4つに分けるのは、間に木を休ませてできるだけ多くの漆を採取するためです。「カンナ」と呼ばれる道具を使って一本の木に十数か所、一文字に傷をつけ、染み出てくる樹液を「ヘラ」で掻き採ります。一本の木から一年に採れる漆の量は180~200ccと言われますが、天候や気温、木の大きさや状態、職人の見立てや漆掻きの技量でその量が変わります。漆職人達は自然と格闘しながら漆の採取に努めているのです。


<これからの課題>
 このように浄法寺塗には商品として完成するまでに長い時間と多くの労力が費やされています。そして、その背景にはいくつかの課題も潜んでいます。
 一つは質の良い漆の安定した供給です。そのためには漆掻き職人の数や技も安定していなければなりません。しかし近年は職人の高齢化、後継者不足の問題に直面していて将来の漆の安定供給に不安があるのも事実です。漆掻きの技術は高度で専門性が高く熟練に年数を要するため、育成が容易ではありません。二戸市と国の選定技術保存団体「日本うるし掻き技術保存会」は、その問題を解決すべく漆掻きの技の継承と後継者育成に取り組んでいます。また、良質な漆原木の確保のため漆林整備にも力を注いでいます。
 原材料の確保の問題の他、漆器の需要低迷も課題の一つとなっています。ライフスタイルの変化で漆器を使う機会は減ってしまいました。プラスティックや化学塗料が普及したことも要因でしょう。安価に数多く入手できますし食器洗浄機対応のものは便利です。比較すると漆器はやはり高価で、その価値は認めていてもなかなか手軽に自家用の購入には結び付きにくいこともあります。

<浄法寺漆器取扱店>
 100%国産漆を使った浄法寺漆器はどこで手に入れることができるのでしょうか。二戸市浄法寺総合支所地域課うるし振興室でいくつか教えていただきました。
 まずは先述の二戸市直営の「滴生舎」。「滴生舎」とは生命の滴、人と共生する漆の一滴の意味だそうです。ここには厳選された浄法寺漆器が取り揃えてあります。商品には一品ごとに、どの段階でどの産地の漆を使ったかが明記されていて安心です。海外からの訪問も多いそうで英語のパンフレットも用意されていました。滴生舎ブランドの漆器に加え、若手作家の作品も多く並んでいます。展示販売の他、注文受付、地方発送、修理の相談も可能です。工房も兼ねているのでガラス越しに作業を見学できますし、事前の予約で漆の絵付けも体験できます。
 その他、岩手県内では盛岡の百貨店「かわとく壱番館」、東京では銀座「松屋」、渋谷「ヒカリエD&Department」、神楽坂「jokogumo-よこぐも―」、吉祥寺「つみ草」などで取り扱っています。この時期は注文が多く、在庫がない場合はお手元に届くまで3か月ほどかかるそうです。「jokogumo-よこぐも―」と「つみ草」では、展示即売会に漆掻き職人が出向いて漆掻きの実演をすることもあるそうで、各店にお問い合わせくださいとのことでした。
 その他、東京ドームで開催されたテーブルウエアフェスティバルなどのイベントでの展示も見逃せません。是非足を運び、実際に手に取って浄法寺塗の美しさと触感をお確かめいただきたいと思います。

ご協力:二戸市浄法寺総合支所地域課うるし振興室・泉山和徳室長、久保田挙司主任
     滴生舎・小田島勇主任技師、齋藤睦美氏

参考資料(HP、パンフレット):滴生舎、株式会社浄法寺漆産業、日本うるし掻き技術保存会、
                    浄法寺漆認証委員会、浄法寺漆器工芸企業組合